『曖昧模糊な気配』 2022 AmericaBashiGallery

“なんだか分からないけど”のその先 今回の写真を見て「これは何?」と聞かれる事が多いです。何が写っているのか分からないと、それを解釈することが難しいからなのだろうと思います。「何?」に対する答えは「なんだかよくわかりません」と答えるしかありません。「何かよく分からないけど」この“けど”の後が大事だと思います。これは頭で考えるのではなく、感覚で感じていることだからです。なんだかわからないで終わるのではなく「なんだかわからないけど〇〇」、この〇〇のところが僕の知りたいところです。理解できないということは自分の頭の中のカテゴリーに分類できないということだと思います。だから、「これは家をこういうふうに撮っています」と答えたなら、家の写真というカテゴリーに分類され「そうなんだ」と納得して終わってしまうでしょう。これはとても残念なことです。なんとなく感じることを、少し深く掘ってみると、そこには自分の知らない自分に会えるかもしれません。 僕はこの写真を撮ってみて、いろんな自分に出会うことができました。